歴史的建造物の中でゆったりと過ぎる時間。

そして、懐かしく優しく響くオルゴールの音色…。

小樽で暮らし、小樽を愛する私たちスタッフ。

みんながひとつに溶け合って、小樽の温もりを伝えたい。

それが「オルゴール堂®海鳴楼」の願いです。

海鳴楼本店 : 小樽市堺町1-20  TEL 0134-23-6505
海鳴楼グランドパーク小樽店 : 小樽市築港11-3 グランドパーク小樽2F
★海鳴楼のオルゴール★
組合せオルゴール 曲とオルゴールのメカを取り付けるためのボックスをそれぞれ選んで組合せることができます。
曲目リストを見る
ボックスを見る
自作オルゴール 組合せオルゴールに絵を描いたり、いろいろな小物パーツをデコレーションして自分だけのオリジナルオルゴールを作れます。
自作オルゴールのページへ
注文オルゴール 思い出の曲やオリジナル曲などを1個から格安でオルゴールにできます。
注文オルゴールのページへ
★海鳴楼針打ち式オリジナルメカ★

オルゴールのメカの部分は音を出す櫛歯(くしば)、シリンダー、ぜんまいと回転スピードを一定に保つ働きをするガバナー、そしてそれらを支える基板からなっています。

音を鳴らすのは櫛歯(くしば)でその本数によって18弁、30弁、50弁、72弁、144弁などに分けられます。櫛歯はピアノの鍵盤と同じで本数が多いほど音域が広くなります。

櫛歯を弾いて音を出すのが円筒形のシリンダーに付けられた突起です。シリンダーはぜんまいの力で回転し、突起が次々に櫛歯を弾いてメロディを奏でるのです。

いちばんポピュラーな18弁のシリンダーに突起をつける方法はプレス式針打ち式の2種類あります。

プレス式

曲に合わせた凹凸のある金型を作り、その上に鉄板を乗せてプレスして作ります。




押し出して作るので突起は太くなり、音が若干くぐもったり、同じ音を連続して出すには8分音符の早さが限界と言われています。
大量生産できるので安く作れます。

針打ち式 (海鳴楼オリジナルメカ)

シリンダーの突起をつける部分に1個ずつ穴をあけ、そこにピアノ線の素材を使ったピンを1本1本打ち込んでいく方法です。
澄んだクリアな音(特に高音部)がしますが、手間とコストがかかるので弁数(櫛歯の本数)の多い高級機に採用されています。
ピンが細いので16分音符の連続音を部分的に奏でることができます。


海鳴楼のオリジナルメカ18弁にもこの針打ち式を採用してクオリティの高い音(オルゴール)提供しています。


1世紀以上前のオルゴール最盛期から作り続けている唯一のそして世界最高峰のメーカー、スイス・リュージュ社のシリンダー(上の写真)ももちろん海鳴楼オリジナルメカと同様針打ち式です。

これまでのオルゴールは工場で作られた曲の機械部分をぬいぐるみなどの人形や宝石箱などに組み込んだものばかりでした。お気に入りの人形のオルゴールがあっても曲が好みではなかったり、その逆で、欲しい曲があってもそれを入れる人形や箱が気に入らなかったり…。

そこで、海鳴楼は世界に先駆け、好きな曲を選び、それをお気に入りのボックスなどに取り付けるという販売システムを確立しました。それが組合せオルゴールです。現在、オルゴールのメカの部分はほとんどが「海鳴楼オリジナルメカ」で高音質を提供しています。

さらに、それに自分のセンスで絵を描いたり、小物を飾りつけたりして、世界にたったひとつのオルゴールを作る手作り工房を併設しました。そこで作られるのが自作オルゴールです。

曲を選べるといっても、古今東西のスタンダードから最新ヒットまですべてを網羅するわけにはいきません。工場で型から作られるオルゴールはまとめて数百個単位で生産されるため、その曲が売り切れても1個だけ作るということができませんでした。1個ではとても高価なものになるからです。

その点を解決するため海鳴楼が次に考えたのが、オルゴールになっていない曲(既製品の中にはない思い出の曲や、校歌、自作曲など)を1個から、しかも格安で作る方法です。そうして作り出したのが、小型でかつコンピュータ制御で行うシリンダーオルゴール制作機です。これによって工場ではなく店頭で、そしてオルゴールの職人でなくても簡単にかつ格安で、注文オルゴールを作れるようになりました。このシリンダーオルゴール制作機は特許を取得しています。

もちろん、従来からあるからくり人形オルゴールなどさまざまな商品も豊富に取りそろえています。


貴重な思い出をいつまでも残しておきたい。

大切な方に自分の気持ちを伝えたい…。

そんな“伝える気持ち”を「オルゴール堂®海鳴楼」は大切にします。

「自作オルゴール」や「メッセージ・愛のテディベア」、 お好きな曲を1台から作れる「注文オルゴール」などを通して

あなたの伝える気持ちを応援します。


オルゴール堂®海鳴楼本店 / かふぇ自鳴琴(オルゴール)
小樽市堺町1-20  TEL 0134-23-6505  FAX 0134-23-6506  営業時間:9:00〜21:00(季節により〜19:00) 年中無休

堺町通りに面し、小樽の歴史を感じさせる木骨石造建築。この建物は明治26年(1893年)に旧第百十三銀行小樽支店として建てられ、現在は小樽市の歴史的建造物に指定されています。明るい店内に、小樽でしか買い求められない海鳴楼ブランドのハンドメイドオルゴールが並びます。

オルゴール制作体験工房も併設。旅の思い出に、大切な方への贈り物に、世界にたった一つ、あなただけのオルゴールを作れます。

店内奥には喫茶「かふぇ自鳴琴(オルゴール)があり、ゆったりした時間を過ごせます。コーヒー・紅茶450円、ケーキセット650円。小樽ビール、おたるワイン、そして小樽の地酒、シャンパンも味わえます。
海鳴楼グランドパーク小樽店
小樽市築港11-3 グランドパーク小樽2F FAX / TEL 0134-23-6504 8:00〜22:00 年中無休

海鳴楼ブランドのオルゴールをはじめ、ガラス、アクセサリーなどのセレクトショップです。ホテル内にあり、静かで落ち着いた雰囲気。

日本有数の人形作家・与勇輝(あたえ・ゆうき)コーナーには、彼の作品・ニングルをモチーフにした創作オルゴールやジオラマ、海鳴楼だけのオリジナル商品が並びます。

注文オルゴール、組み合わせオルゴールのほかに、自作オルゴールの工房コーナーが併設され、オルゴールの制作体験をお楽しみいただけます。

海鳴楼であなただけの自作オルゴールを作りませんか?

「本店」「オルゴールラボ海鳴楼」「海鳴楼グランドパーク小樽店」

どの店舗でも簡単に作れます。

手作り工房とは→→→
手作りオルゴール工房では、旅行の思い出に、大切な方への贈り物に、世界でただひとつのオリジナルオルゴール=「自作オルゴール」を作ることが出来ます。
お好きな形のオルゴールと木やガラスなどの小物を組み合わせたり、絵の具で色を付けることで、その場で簡単に完成します。
曲も約400曲あり、組み合わせるパーツも豊富に揃えておりますので、ひとりひとり全く違ったオリジナルオルゴールを作れます。
営業時間→→→
9:00〜21:00
(冬期9:00〜19:00)
※時間外でも、事前にご相談いただければ対応できる場合もあります。
所要時間→→→
簡単なものであれば、制作には20分程度で出来ますが、選ぶのに時間がかかるので1時間〜1時間半(人数が多い時は1時間半〜2時間)ほど見込んでいただけると、余裕をもって作れます。
制作手順→→→

【1】オルゴールを選ぶ
スタンダードから最新ヒット曲まで、およそ400曲の中から選べます。

ぜんまい式(18弁・30弁・50弁)、手回し式とタイプもいろいろ。

【オルゴール曲目リストはこちら】

海鳴楼オリジナル針打式ぜんまいオルゴール18弁 曲目リスト

 (シリンダーにコンピュータ制御で針を1本1本打ち込み作られる繊細な音を奏でる海鳴楼オリジナル・オルゴール)

プレス式ぜんまいオルゴール18弁 曲目リスト
 (曲の金型を作り、その金型に鉄板を乗せプレスし量産されるオルゴール)

手回しオルゴール 曲目リスト


※曲目リストより前もって曲を選んでおくと、大幅な制作時間の短縮になります。

針打ち式ぜんまい18弁
ぜんまい30弁
ぜんまい50弁
プレス式ぜんまい18弁
手回し

■18弁用のボックスを見る

■30弁用のボックスを見る

■50弁用のボックスを見る

【2】オルゴールに組み合わせるボックス、ケース、板や飾りを選ぶ
オーナメント次第で、自分の思い通りのイメージを創り出せます。

【3】お会計

【4】制作
接着剤、絵の具などの道具は用意しています。

【5】完成
出来上がった作品は、その場でお持ち帰りいただけます。

料金(税抜)→→→

材料費

オルゴール 500円〜 100円〜
ガラスパーツ 50円〜 木製パーツ 10円〜
文字 50円〜 ビーズ 10円〜
その他、ドライフラワーや苔、草、木の実などの自然素材もございます。

1000円くらいから作ることができますが、1500円〜2000円が平均です。目安としてお考えください。
人数→→→
1名様〜150人様
150人を超える場合は別会場をご用意することもできます。または、ホテルなどの宿泊先への出張工房も可能です。
精算方法→→→
個人精算、現金一括、振込等
団体一括払いの場合、一人分の予算を超えた分だけ個人精算も可能です。
ご予約方法→→→
団体でのご予約・ご質問は、工房お申し込みフォームで承ります。
少人数のお客様は申し込みの必要はありませんので、直接ご来店ください。
完成品サンプル→→→
価格はすべて税抜
アクリル回転オルゴール \1300
キツネ \250
てんとう虫 \250
エンゼル \350
ガラスの砂 \50
工房費 \100
合計(税込) \2,300
白木BOXオルゴール \2,600
ガラスの木 \50×2個
ガラスの星 \50
ガラスの砂 \50
ガラスのビーズ \10×2個
工房費 \100
合計(税込) \2920
拡大
拡大
オルゴール \1,300
白木板 \450
丸太 \50×2個
\30
リス \250
ガラスの花 \100
ガラスの葉 \50
ひよこ \250×2個
ガラスの砂 \50×2袋
工房費 \100
合計(税込) \2,980
切り株回転オルゴール \1,600
\350
ネズミ \200
半木 \30
ドライフラワー \50
工房費 \100
合計(税込) \2,330
拡大
拡大

他社注文価格(税抜)

     18弁   30,000円

     30弁   80,000円

 

     50弁  400,000円

海鳴楼注文オルゴール(税抜)

     18弁   11,800円

     30弁   39,000円

     36弁   42,000円

     50弁   83,000円

今までにないお求めやすい価格で、お好きな曲を1個から作れます。
18弁〜50弁(音を鳴らす櫛歯の本数)の中からお選びいただけます。櫛歯はピアノの鍵盤のようなもので、本数が多くなると音域がその分広くなり、表現が豊かになります。
注文オルゴールを作る時に知っておいていただきたいこと

オルゴールはドラムに埋め込まれたピンが櫛歯を弾いて音を鳴らします。そのためいくつかの制約があります。どんな曲でもオルゴールにできるわけではありません。

■オルゴールに向いていない曲

・長音の多い曲
オルゴールはギターやお琴などと同じように長い音を出し続けることができません。長音の多い曲はオルゴールには適していません。

・同音が続く曲
同じ音が連続する曲の場合、同じ櫛歯をピンが続けざまに弾くことになります。振動が止まる前に次のピンがその櫛歯を弾くとノイズが発生します。
通常、18弁メカは同じ小節の中に同じ音は3回以上入れられません。30弁以上のメカになると同じ小節の中にどうにか3〜5回同じ音を入れられます。
ただし曲のスピードによっても同音の制限は違ってきます。18弁で演奏時間が14秒とした場合、A曲は4小節、B曲は8小節だとすると、B曲の方が櫛歯を弾く回数が多くなるため、同音の制限はA曲より多くなります。

・旋律について
主旋律のない曲はオルゴールには適しません。
また、主旋律で使われる音階の数が各メカの櫛歯の数を超えるものも適しません。例えば18弁メカなら旋律に18音階以上あるもの。

・リズムについて
リズムは比較的自由ですが、一定のリズムがないものや早すぎるものはオルゴールに不向きです。同じ小節の中に16分音符を多く入れることはできません。

・和音について
同時に鳴らす音(和音)は2音が最適で多くても3音までです。多くの和音を使うとそれだけ使用する櫛歯の数も増えるため、上記の同音が続く時の制限が発生しやすくなります。

海鳴楼18弁オルゴール(価格は税抜)
海鳴楼18弁オルゴール…1,800円
おまかせ編曲料…………10,000円
合計………………………11,800円(他社18弁注文オルゴール…30,000円)
18弁オルゴールの演奏時間は約10〜16秒程度です。
お届け日数

曲をオルゴール用に編曲し、それをMIDIにてご確認いただいてから2か月ほどかかります。

18弁用のボックスを見る
海鳴楼30弁・36弁オルゴール(価格は税抜)
海鳴楼30弁オルゴール…16,000円  36弁…19,000円
おまかせ編曲料…………23,000円  36弁…23,000円
合計………………………39,000円     42,000円
36弁オルゴールの演奏時間は約24〜30秒程度です。
お届け日数
曲をオルゴール用に編曲し、それをMIDIにてご確認いただいてから2か月ほどかかります。
30弁用のボックスを見る
(36弁共通)
海鳴楼50弁オルゴール(価格は税抜) 海鳴楼50弁オルゴール…30,000円
おまかせ編曲料…………53,000円
合計………………………83,000円(他社…400,000円)
50弁オルゴールの演奏時間は約42〜58秒程度です。
お届け日数
曲をオルゴール用に編曲し、それをMIDIにてご確認いただいてから2か月ほどかかります。
50弁用のボックスを見る
オルゴールをボックスに入れる理由

オルゴールは、シリンダーが回転し、そこに埋め込まれたピンが櫛歯を弾いて音を鳴らします。ピアノ線の細さでわずか1ミリ程度の突起のピンが弾いて出す音はとても小さく、耳を近づけても聴き取るのがやっとです。

オルゴールをボックスに入れると、音が共鳴して増幅され、はっきり聞こえるようになります。つまり、ボックスはスピーカーの役割を果たしているのです。

ボックスの素材は、紙、プラスチック、木材、陶器、ガラス、金属などさまざまですが、一般的に、軟らかい材質のものは柔らかい音が、硬い素材のものはきらびやかな音がすると言われています。

注文オルゴール価格表(税抜価格)
他社オルゴール
(編曲料込み)
海鳴楼オリジナルオルゴール
おまかせ編曲料
合計
18弁
30,000円
1,800円
10,000円
11,800円
30弁
80,000円
16,000円
23,000円
39,000円
36弁
-円
19,000円
23,000円
42,000円
50弁
400,000円
30,000円
53,000円
83,000円
78弁
−円
−円
−円
−円
送料500円〜 着払い可能
※ お届け日数は機種により約2〜4ヶ月かかります。
※ MIDI修正は追加1回あたり1,000円+税がかかります。
※ 取り付けるボックスの代金は別途申し受けます。
お支払い方法:現金書留、口座振込
※お支払いただいてからの作成になります。
オルゴール堂®海鳴楼 地図のご案内
  • 海鳴楼本店 : 小樽市堺町1-20  TEL 0134-23-6505 FAX 0134-23-6506
  • 海鳴楼グランドパーク小樽店 : 小樽市築港11-3 グランドパーク小樽2F TEL 0134-23-6504
オルゴールの歴史
簡易版

詳細版(オルゴール研究家・松本和男)

オルゴールの誕生

 オルゴールは1796年にスイスのジュネーヴに住む時計師、アントワーヌ・ファーブルによって発明されました。当初はポケットウォッチに組み込むためのごく小さな機械でした。

 当時(18世紀)はマリー・アントワネットをはじめとする貴族の間で珍しい時計が珍重され、そのひとつに音楽入り時計がありました。音楽入り時計というのは、ホールやマントルピースの上などに置く大きな時計の中に、ベルやオルガンを音源にした自動演奏装置を組み込んだものでした。それが、やがて掌に乗るような小さな時計にも「音楽入り」が求められるようになりました。

 しかし、小さな時計にベルやオルガンを入れることなどもちろん無理なことで、ごくごく小さなベルを組み込んだものが時報を告げる程度のもので、「音楽」とはなりえませんでした。そこでファーブルが考え出したのが、音階を持った何枚かの鉄の板を弾いて音を鳴らす方法です。

 もちろん、ここに至るまでは多くの試行錯誤があったはずです。鉄を弾いて聴くに堪えうる音色を出すのは現在でも容易ではなく、ましてや18世紀のことですから、多くの時計師たちがさまざまな工夫を凝らしたどり着いたものだったでしょう。

 

オルゴールの改良

 この小さな機械(オルゴール)は懐中時計ばかりではなく、ブローチやペンダントトップ、ピルケースなど身近な小物にも取り付けられるようになり、貴族たちの自慢の持ち物となっていきました。これを改良したのが、同じスイスの時計師、フランソワ・ルクルトでした。誕生期のオルゴールは形も小さく音階も少ないものでした。ルクルトはこれを大型化することで、音も大きくなり、演奏も向上するのではないだろうか? 演奏者なしでも音楽を楽しめる自動再生機械になるのではないだろうか? と発想したのです。

 こうしてルクルトが改良し実用化したのがワンピース・コームでした。1枚の鉄の板に刻みを入れ調律した櫛歯が生まれたのです。それまでは1音1音の鉄片をネジ止めしていたのですが、それは歯ではあっても、櫛ではありませんでした。このワンピース・コームによって音源の部分の製造が容易になったのです。

 次にできるだけ雑音を消すためのダンパーの採用と、調律のためと低音を豊かにするための鉛の重りの採用でした。ルクルトが1810年代に改良実用化したこれらは現在のオルゴールにも受け継がれています。

 

音楽メディアとしてのオルゴール

 ルクルトの改良によりオルゴールは時計技術から分離して音楽メディアの道を歩むようになりました。主な生産地はスイスのジュラ地方で、ここには今日でもオルゴール関係の会社やクラフト工房などが存在しています。

 スイスのメーカーはパリやロンドンなどに代理店をおき、ジュラで生産されたオルゴールを販売しましたが、それらはすべて受注生産でした。つまりユーザーが聴きたい楽曲や演奏タイプを指定し、それからメーカーが製造にとりかかったのです。当時はレコードやCD、ラジオなどのメディアがなく、ヒット曲が生まれにくい状況でした。だから、いつも聴いていたい曲はユーザーによってまちまちで、高価なオルゴールにはそれだけパーソナルな要素が求められたからです。

 

オルゴールのマーケット(19世紀)

 1830年〜1880年のオルゴールの大きなマーケットはフランス、イギリス、ドイツ、アメリカなどでした。1789年のフランス革命の後、時代は着実に貴族のものから市民のものへと移行し、オルゴールのユーザーも貴族から市民へと移り変わっていきました。

 1870年代まで1台のオルゴールはひとりのユーザーのために存在し、その後もさらに豪華で高級なものとして受け継がれていきましたが、同時にレディメード(既製品)が出現しました。これはメーカーがオルゴールのマーケットを広げさらにコストダウンを目論んだ結果ですが、時代が音楽メディアとしてのオルゴールを求めており、そしてその要求に応えるためには、同じものをたくさん製造するのが効果的だったからです。

 こうしたレディメードのオルゴールは開国間もない日本にも入ってきました。楽曲もタイプもまったく同じもので、現在も豪商屋敷に保存されていたりします。

ディスク・オルゴールの出現、発展、そして終焉
 

 スイスで製造されていたオルゴールは形状が円筒型のシリンダーに針を打ち込み、シリンダーが回転するとその針が櫛歯を弾いて音を鳴らす仕組みでした。シリンダーに針を打ち込む工程は手作業で行わざるを得ず、生産能力はおのずと低いものでした。しかも1台で聴ける曲数は限られていました。1つのシリンダーには1曲から大きいもので数曲を収録するのがやっとだったためです。

 これらシリンダー・オルゴールでは克服できなかった問題点を一挙に解決したのが、1886年にドイツで登場したディスク・オルゴールです。ディスクは薄い鋼板をプレスして製造するためマスターを作れば容易に複製でき、量産化することでコストダウンを可能にしました。また、1台の演奏機械を購入すればディスクを交換するだけでいろいろな曲を聴くことができるようになりました。こうしてディスク・オルゴールは音楽メディアとしてまたたく間に普及しました。

 しかし同時に1台のオルゴールは「私ひとりのもの」ではなくなりました。オーダーメイドのシリンダーと異なり、量産されるディスクはひとりひとりの好みを反映することはできず、ユーザーはメーカーが企画し製造したディスクを購入するしかありませんでした(もちろんメーカーは多くのユーザーが気に入る曲を選んだことでしょうが…)。

 ディスク・オルゴールはまずドイツで生産され、次いでスイスが参入しました。しかし、最大のマーケットはアメリカだったため、ヨーロッパのメーカーはアメリカに進出、現地法人を設立するようになりました。レジーナというアメリカのメーカーは、1894年にドイツの会社が立ち上げたのが起源ですが、1900年には世界最大のメーカーとなりました。

 ところがディスク・オルゴールは短命に終わりました。蓄音器の発明、改良、そして発展のためです。蓄音器とレコードは1877年、アメリカのエジソンによって発明されました。しかし、エジソン自身それをどのように活用したらいいのかビジョンがなかったため、初めはなんらオルゴールに影響を与えるものではありませんでした。


 ところが10年後の1887年にドイツのベルリナーが円盤レコードを発明、音楽メディアとして活用されるようになり、さらに改良が加えられたため音質は向上し価格は下がりました。あっという間に普及した蓄音器はオルゴールを瞬く間に駆逐してしまいました。結局1920年代に音楽メディアとしてのオルゴールは終焉を迎えることになったのです。

 
卓上型ディスクオルゴール。手前に伴奏用のベルが仕込まれています。大型のものは駅や飲食店など人の集まるところに置かれ、ジュークボックスのようにコインを入れると演奏するようになっていました。
 
 
リボルバー型のシリンダー。わずかにピッチをずらすことで1本のシリンダーに数曲収容できます。それを数本リボルバー型の拳銃のように組み合わせるという精密な技術が用いられています。

オルゴール現代史

日本の台頭

 1920年代に音楽メディアとしての役割を終えたオルゴールですが、その後も製造は続けられました。ただし最盛期の大型機種としてではなく先祖返りしたかのように小さくなり、宝石箱や人形、生活などの道具に彩りを添えるもの、またスイスのお土産品として細々と製造されるようになったのです。


 19世紀にはオルゴールメーカーがムーブメントもケースも製造していましたが、この時代からはムーブメントだけを玩具や人形メーカーに供給するスタイルが多くなりました。規模は小さくなりましたが、生産の中心はやはりスイスで、オルゴールはそれなりに高価なものでした。


 これを一変させたのが日本です。日本は第二次世界大戦後、それまで難しかったシリンダー製造の機械化量産化を可能にし大幅なコストダウンに成功したのです。その結果、当初は駐留していたアメリカ兵のお土産品として作られていたものが、やがて世界中にそのマーケットを広げるようになりました。ドイツやフランスで購入したきたオルゴールが、帰国して中のムーブメントを見たら日本製だったという話はよく聞かれたものです。


 量産できるようになったということは当然オルゴールの楽曲はパーソナルなものではなくなり、販売業者の思惑にユーザーが合わせる形になったのは言うまでもありません。

 

スイスの凋落と高級品志向

 日本の台頭は優れた技術を持っていながらも牧歌的な製造を続けていたスイスのメーカーに大きな打撃を与えることになりました。それでも1970年代まではヨーロッパの高級玩具などにはスイス製のムーブメントが使われていました。しかし、1980年代になるとそれらの高級玩具にさえも日本製のムーブメントが使われるようになり、スイスの玩具系オルゴールは苦境に立たされました。

 そのためスイスにあった数社のメーカーは1社に集約され、そして伝統の技術を活かした高級オルゴールの製造に力を注ぐようになったのです。それまでも高級オルゴールの分野に関してはスイスの独壇場だったので、これをさらに充実させる戦略を取ったのです。

 

日本でのオルゴール・ブーム(小樽からの発信)

 1980年代後半それまでのオルゴールのマーケットを一変させるような出来事が日本で起こりました。北海道小樽市に世界初の大型オルゴール店が開店したのです。この開店以前にも日本では1980年代初頭にいくつかのオルゴールの動きがありました。


 1983年東京で、1985年山梨県清里でオルゴール博物館が開館しました。これによりオルゴールが話題に上る機運は高まりましたが、小樽の場合はビジネスとして成功を収め、全国の観光地にこれを真似たミニ小樽を生み出すことになったのです。


 これに呼応するように日本では世界に例を見ないほどにオルゴール博物館が開館し多くの入場者を集めることにもなりました。


 折しも日本の好景気も手伝い、ファンシー&ギフトの安価なオルゴールもスイス製高級オルゴールも売れに売れました。日本のメーカーは増産を続け、スイスのメーカーは日本のマーケットを重視し総代理店を設けるようになりました。

 

オルゴール製造の現在(中国の台頭)

 1990年代にはオルゴール(特にムーブメント)の需要が高まり、日本のメーカーは年産1億台を記録、そして実に世界のシェアの90%を占めるようになりました。それでもなお需要に追い付かないという状況でした。

 これを補うため中国が製造を始めました。オルゴールのケースは香港、台湾、中国でも作られていましたが、ついにムーブメントの製造に乗り出したのです。当初は品質は高くなく音色もよくありませんでしたが、近年著しく改善されレベルの高いものになっています。現に中国のメーカーはスイス・オルゴールのOEM生産も始めています。

 日本では完全な自動化が進み、オルゴール・ムーブメントに対して人が介入する部分がなくなってきています。それだけオルゴールに関する技術が後退していくということも言えるのです。中国では機械より人手でオルゴールが作られているので、丁寧で品質の高いオルゴールを目指したときに人の技術がいかされてくるのではないでしょうか。

オルゴール堂®海鳴楼の歩み
   
オルゴール堂®海鳴楼
塚原ふさ子
                      1988年、日本初・日本最大のオルゴール専門店の構想・企画作りに着手。
                      1989年、「小樽オルゴール堂」開店。店舗設営、広告、仕入れ、販売等の一切を取り仕切る。
                      1990年、「オルゴール海鳴楼」を開店。
                      以来、オルゴール文化を小樽から発信し続けている。
 私たちが小樽でオルゴール屋さんを始めようと思ったのは、プレゼントでいただいたひとつの小さなオルゴールがきっかけでした。その時聴いたオルゴールのどこか懐かしさを感じさせる音色が、レトロな街並みが残る小樽に合うと思ったからです。

 オルゴールは、生演奏を聴くしか音楽を楽しめなかった19世紀当時、はじめて音楽を再生できる機械として誕生。広く世界中に受け入れられ発展しました。ところがエジソンの蓄音機の発明によってその座を奪われ、20世紀初めにあっという間に衰退。以降、玩具という位置づけのなかで細々と生きながらえてきました。

 一方、小樽は…。明治時代、開拓使が札幌に置かれ、その玄関口として小樽は発展しました。1880年(明治13年)には日本で3番目の鉄道が敷設され、石炭を中心に北海道産の物資が小樽に集まり、小樽港から道外に運ばれました。また、鰊漁も活況を呈し、小樽の経済は札幌をも凌ぐと言われていました。国内のみならず外国貿易の拠点としての役割も担っていました。
 しかし、第二次世界大戦後の高度成長で日本中が沸くなか、小樽は「斜陽の街」と呼ばれその活気からすっかり取れ残されていました。かつて石川啄木が詠んだ「悲しきは小樽の町よ 歌うことなき人々の声の荒さよ」という句にある、小樽人の啄木もびっくりの元気のよさはどこへやら…忘れ去られた街になっていました。(そのおかげで再開発されずに古い建物が残ったのですが…)

 オルゴールと同時代に脚光を浴び、発展を遂げた小樽。外国貿易港として勇躍世界に羽ばたいていた頃、おそらくオルゴールも海をわたって小樽にたどりついたことでしょう。遠く海の向こうからきたオルゴールの音色。それはかなたから響いてくる海鳴りにも似て人々の心の琴線をかき鳴らすものだったでしょう。

 こうして見てみると、オルゴールと小樽の歴史は奇しくも重なりあうじゃありませんか。そこで、私たちは小樽とオルゴールを結びつけ、小樽からオルゴールの持つ温かみを伝えようと思ったのです。

 小樽が観光地として脚光を再び浴びるのと同時に、オルゴールにもスポットライトが当たるよう、祈りを込めて…。

 1988年、私たちはオルゴールに似つかわしい建物を探しました。そこは家具屋兼倉庫でしたが、1912年(明治45年)築のレトロという言葉がぴったりの300坪の大きな建物でした。

 今や、玩具売場の片隅でひっそり売られているだけのオルゴール。それを大きな倉庫いっぱい、すべてオルゴールの店にしようという私たちの計画。誰しも二の足を踏みそうな計画ですが、その建物のオーナーは私たちに賛同してくれました。資金はオーナーが持つけれど、私たちが企画・運営の一切を取り仕切りるということで話がまとまりました。(バブル絶頂期ならではの話ですね)

 こうして1989年、世界初、世界最大のオルゴール専門店「小樽オルゴール堂」は誕生しました。話題性もあってマスメディアに取り上げられ全国からたくさんの観光客が押し寄せました。

 オルゴールは売れる! とばかりにすぐに日本各地の観光地でオルゴール店ができました。その時、それに対して私たちは違和感を感じていました。

 オルゴールの音色には癒しの効果があると言われています。古き良き時代を偲ばせるいかにもアナログなその響き。それは小樽だからこそ似合うのだと思うのです。オルゴールは音楽を聴くもの。それぞれの曲には聴く人それぞれの思いが詰まっています。オルゴールをプレゼントする時、人はその曲にその人の思いを込めて贈ります。私たちは、そんな伝える気持ちを大切に、そしてそれをオルゴールの音に託して小樽から発信していきたいのです。歴史や技術などを含めた「オルゴール文化」を継承し、伝えていきたいのです。

 オルゴールがどこにでもある土産物になってしまうのを寂しい気持ちで見ていました。このままでは、オルゴールはブームとして消費されたあと再び無くなってしまう! そんな危機感さえ感じていました。

 1990年、私たちはオルゴールへの思いを具現化するため自前の店を作ることにしました。それが「オルゴール堂®海鳴楼」です。ここで私たちはオルゴールのいろいろなことをスタートしました。
 
 まず、1世紀も前にその絶頂期を迎え、今やその技術さえも途絶えかけている当時のオルゴールを知ってもらうことから始めました。玩具としての位置づけでしかない今のオルゴールとはまったく違う本物のアンティークオルゴールを聴けるコンサートホールを作りました。
 10数台の大型のアンティークオルゴールから流れる豊かで重厚できらびやかな音色は、多くの方に感動を与えるとともに、その歴史も語りかけてくれました。

 その頃はまだぬいぐるみの人形や意匠を凝らしたケースに入れられたオルゴールが主流でした。人形やケースのデザインが気にっても曲が好みでなかった場合、曲を取り替えることができませんでした。工場で作られたお仕着せの組み込みオルゴールではお客様のニーズに応えることはできません。
 オルゴールは音楽を聴くもの。お客様が曲とケースを選び、それを店頭で組み合せてお渡しできたら…。その思いで組合せオルゴールの企画はスタートしました。当初、工場ではメカだけを売ることに難色を示しました。粘り強く交渉した結果、なんとか売ってもらえることになりました。
 店頭での曲数を少しずつ増やし、ケースもこちらから意見を出してさまざまなタイプのものから選べるようにしました。
 こうして、工場で作られた組込みオルゴールから、店頭での組合せオルゴールがメインになってきました。

 組合せオルゴールを通して、お客様のオルゴールへの思いの強さを実感しました。曲に対してもケースに対しても、さまざまな要望が出てきました。「○○の曲をオルゴールで聴きたい」「もっと○○なケースがほしい」等々。

 この要望が次のステップにつながりました。

 ケースに対する要望を形にしたのが「オルゴール手作り工房」です。自分の好きなケースを自分でデザインして作るようにしたのです。

 オルゴールは円筒形のシリンダーに突起をつけ、その突起が鋼鉄で作られ音階順に並んだ櫛歯を弾いて音を奏でます。その音はとても小さく耳に近づけなければ聴き取ることができないほど。それを共鳴によって音を大きくするのがケースの役目です。ですから、ケースといっても箱状のものでなくても板状のものであってもかまいません。素材も、木、ガラス、プラスチック、アクリル、紙、金属等さまざまあります。
 「工房」では、曲を決めたら、次にお気に入りのケースを選びます。さらにそのケースに自分の感覚で意匠を凝らしたデザインを施します。色をつけたり絵を描いたり、いろんな小物で飾り付けたり…。こうして世界にひとつだけのオリジナルオルゴールが誕生するというわけです。
 「オルゴール手作り工房」は、体験観光が注目され始めたこともあって人気を呼びました。それもこれも、オルゴールに託すお客様の熱い思いがあったからこそだと思います。

 曲に対する要望は「注文オルゴール」を生み出しました。

 組合せオルゴールで徐々に店頭での曲数を増やしてきましたが、そこには問題点もありました。オルゴールを作るには、オルゴール用に編曲し(オルゴールには機械的な制約があるため)それを型に起こして工場である程度まとまった個数を大量生産します。ですから、既製品でメーカーに在庫があればその曲を取り寄せられますが、売り切れてしまったものや、オルゴールにされていない曲(型に起こされていない曲)を発注しようとすると、費用と時間が膨大にかかってしまいます。最小ロット数を抑えてもらい(といっても100個単位)お客様のニーズに応えようとしてきましたが、限界はあります。まして1台だけの注文に応えようとすると何十万円もかかってしまうのが実情でした。

 「ふたりの思い出の曲をオルゴールにして残しておきたい」「自作の曲をオルゴールにしたい」「退職する先輩に好きだった曲をオルゴールしてプレゼントしたい」「廃校となる学校の校歌をオルゴールにして在校生やOBに渡したい」…。なんとかお客様のリクエストに応えられないだろうか? 

 工場では大量生産しかできない。それなら1台でも簡単に作れる機械を自前で作ってしまおう! このコンピュータ時代、オルゴールくらいのメカなら作れるんじゃない? 機械オンチの私たち素人だからこその無謀な発想で「注文オルゴール」の企画はいともたやすくスタートしました。2003年のことです。オルゴールのメカに詳しい人、コンピュータ制御に詳しい人…いろいろな人の協力を得て着手しましたが、またしても難題が…。日本の工場から「オルゴールの部品を卸すことはできない」と断られ、部品供給の道が途絶えてしまったのです。それなら中国の工場は? 当時すでに中国のある工場がオルゴール生産では世界のトップに躍り出ていて、スイスの高級オルゴールのOEM生産を行うほど品質でも優れていました。当たって砕けるつもりでお伺いを立ててみると、私たちは砕けることなく優しく包んでもらうことができました。しかも、スイスの高級オルゴールと同質の部材が手に入ることになったのです。
 ようやく試作1号機が完成したのは2005年のことでした。オルゴール用に編曲した音のデータをもとにコンピュータ制御でシリンダーに穴を開け、そこにピンを打ち込んでいくという方式の「自動針打ち機」が形になりました。サイズは普通のテーブルにちょこんと乗るほど。まさに店頭で作れる大きさに収まりました。でも、1台の曲を完成するまでに時間がかかりすぎるなど改良点が多く実用化するには課題が山積み。でも一度形にしてしまえば後は少しずつ直していけばいいのですから、産みの苦しみを思えば気が楽です。2007年にはスピードアップした試作2号機が完成。2008年に「自動針打ち機」は特許を取得しました。が、今も改良を重ね、研究を続けています。

 こうして1台からお客様の要望に応える「注文オルゴール」の仕組みができあがりました。

 さらに、工場で型を起こして作るシリンダーでは突起が丸い出っ張りでしたが、1本1本細い針をシリンダーに打ち込む「注文オルゴール」方式による「海鳴楼オリジナルメカ」を開発し、音質の向上を図ることもできました。

 少しずつですが、オルゴールを通して私たちの思うことを形にすることができたような気がします。
 これからも「お客様の伝える気持ちを大切に、オルゴールを通して小樽からお届けしていきたい」と思います。